国際政治経済I
2026-06-15
2レベルゲーム論において、民主主義国は国内の多様性が範囲を狭め、私的情報も隠すことで交渉力が高いとかんがえられているが、それは果たして有利に働くのかという点が疑問だった。民主主義国は情報が比較的オープンなので様々な団体からの圧力によって狭められた範囲がそのまま底値として明らかになってしまうのではないかと感じた。
授業内容に基づけば、多国間主義の実現のためには各国の交渉力が低い方が好ましいと推測できるが、権威主義国家の方が交渉力が低いとすれば権威主義国家が増えれば多国間主義の実現に近づくことになるのだろうか。
ドーハラウンドの挫折以降、GATTでは二か国・地域間の協定が中心となってきたが、ウクライナ侵攻、イスラエルのガザ侵攻、そしてアメリカの介入以降の国際秩序の変動を踏まえると、GATTの本来の目的が再び果たされ、多国間交渉の長期的停滞が解消される日は来るのだろうか
戦後の自由貿易体制であるGATTの歴史的展開や現状を概観するとともに、その多国間主義原則について理論的に考察する。

19世紀から第二次世界大戦に至るまでの貿易をめぐる国際秩序の展開を次のキーワードから説明してみてください。
キーワード:パックス・ブリタニカ、金本位制、古典派経済学、ヤング案とドーズ案、世界恐慌、ブロック経済

1941年 大西洋憲章
1944年 ブレトン・ウッズ会議
1947年 ハバナ憲章
1948年 関税及び貿易に関する一般協定

第5回のスライドを見て、埋め込まれた自由主義とはどのようなものか改めて確認してください。
多国間主義に基づく自由貿易の推進
埋め込まれた自由主義→国家の自律性への配慮
加盟国が一堂に会して自由化交渉
| ラウンド | 時期 | 概要 |
|---|---|---|
| 第1-5回 | 1947-62 | 品目別交渉→自由化停滞(-26カ国) |
| ケネディ | 1964-67 | 一括交渉の開始 (74カ国) |
| 東京 | 1973-79 | 非関税障壁も交渉対象に (82カ国) |
| ウルグアイ | 1986-94 | 農産品・サービス貿易の自由化、WTO設立 (93カ国) |
| ドーハ | 2001- | 環境保護・投資環境の整備など、08年に事実上頓挫 (153カ国) |
第5回のスライドを見て、1970年代以降に戦後国際秩序がどのような変容を経験したのか改めて確認してください。
基本的な流れ
コンセンサス方式…すべての国が拒否権
1960年代〜 アメリカの経常赤字→ドル信用低下
70年代〜 アメリカの新保護主義
1995年 世界貿易機関(World Trade Organization: WTO)発足

基本原則…多国間主義に基づく自由貿易の推進
ロバート・コヘインの相互主義(reciprocity)分析1

特定のパートナー同士が比較的同時にお互いに同価値のものを交換すること
二国間交渉が典型例
日本がアメリカ、中国、EU、韓国と貿易の自由化を目指して交渉するとします。
単独の相手ではなくグループ全体相手に、だいたい同じ価値と思えるものを、必ずしも同時ではないタイミングで交換すること
GATTの多国間主義はこちら
利点…特定相互主義の問題解決
問題…フリーライダー問題
TBD
戦後の自由貿易体制であるGATTの歴史的展開や現状を概観するとともに、その多国間主義原則について理論的に考察する。

GATT体制